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6月7日 五泉中学校 第29回 卒業生 同期会

2025-06-07
五泉中学校 第29回 卒業生 同期会

2020年5月に開催予定だった還暦の会でしたが、コロナで延期。そして今日、定年の会となる同窓会を迎えました。
誰かが言っていました。「同窓会に参加できる人は、みんな幸せなんだ」と。確かに今、不幸な人は出席できませんから、言い得て妙です。

小学校、中学校、高校、大学、社会人と、人生が進めば進むほど、周囲は同じようなタイプの集団になっていきます。
そしてその中で競争し合い、優劣がついていく。
人生というのは、選択の連続の積み重ねです。
中学生の同窓会が一番楽しい理由のひとつは、まだ一度も人生の選択がなされていないからです。

小学校・中学校と合わせて9年間という長い間、同じ空間を共有しています。信じられないくらい素晴らしく、貴重な時間・空間です。
そして、将来のことをまだ真剣に考えていない集団だからこそ、久しぶりに会うと会話が尽きません。同級生に上下関係はありません。

ほとんどの人が定年していましたが、私のように定年のない人も、けっこうたくさんいました。
同級生に会うと、自分の精神・肉体年齢がわかります。私はまだまだ若い方だと感じました(笑)。

久しぶりにお会いすると、脳のCPUがフル稼働します。10年ぶりの人、20年ぶりの人、それ以上お会いしていなかった人も。
顔と名前が一致しません。まさに脳トレ状態でした。
「名前は知っているんだけど、こんな顔だったっけ?」
「仲が良かったのは覚えているけれど、何して遊んだんだっけ?」
声をかけられても、知らない人がいたりして、「相当仲が良かったんだな」と思うのに、記憶が蘇らない。
なぜこの人の顔や名前に見覚え・聞き覚えがあり、「知っている」のかが不思議です。

私は自動車で6時間かけて向かいましたが、関越道を走っていると、新潟県はやっぱり素晴らしい景色だと再認識します。
しかし五泉に着くと、毎回感じる罪悪感があります。
本来ならここで育ち、暮らし、五泉に貢献するはずだった自分。
地元で頑張っている人を見ると、感謝しかありません。心の中で「ありがとう」とつぶやくしかない。
駅前通りは、夜になると真っ暗で、さびれた感が否めない。消滅しそうな街。なんとかしなくちゃ!

10年前の同窓会に出席していた友人の中で、亡くなった方もいました。ショックでした。
生き方は自分の意志で選べますが、どうやら死に方は選べないようです。
元気で長生きすることを約束して、解散です。
同窓会、豊かな時間をありがとう。
最後に幹事の堀内岩夫君 ありがとう。
曽我 透

5月22日 人生の大先輩の方々との食事会

2025-05-26
S戸さん(元スターツコーポレーション社長)を囲む会

出席者の中には、17年ぶりにお会いする大先輩もおられます。
先月4月3日に、2年ぶりにS戸さんとお会いさせていただきました。

そして、その2年前に私が勝手にお願いしていた貴重なもの、欲しいものがありました。
本日、2年待って、ようやく頂戴することができました。
それは自分にとって、とても素晴らしいもので、生涯の宝物、家宝にしようと、正直思っています。
本日の再会の会では、それをハンカチにプリントして、出席者全員にサプライズプレゼントさせていただきました。
きっと皆さん喜んでくださったことと思います。

このブログを見て、私以外のS戸派と言われる面々が、
「俺にも」「私にも書いてください」などと言わないことを祈るばかりです。

この色紙制作は、結構時間のかかる作業だと思います。
逆の立場になって、自分が76歳になり、64歳の後輩にこの色紙に勝るものを書いてあげられるか?と想像すると、不可能です。

本日参加されている皆さん方は、お互いにもう二度と会えないと思っていたメンバーたちだったとのことですが、意外に簡単に集まることができました。
(私のような、おせっかいというか仕切り役がいればの話ですが)
こうしてお会いすると、私としては17年間が一瞬のうちに凝縮されます。

会話は40年くらい前の昔話から始まりました。
40年前というと、世界は自分中心で回っていると思い込んでいた、勘違いも甚だしい愚かな頃の自分です。
お話を聞いて、改めて自分の未熟さを知ることができます。

日本の平均寿命は、男性で81歳だそうですが、
皆さん、とても81歳で亡くなるようには見えません。
三川さん、山村さん、鞠子さん、奥山君。
良い人ほどどんどん先に逝ってしまう。
順番通りにいかないという悲しい人生の現実があります。

N坂さんは、今はロシアに実効支配されてしまっている樺太(日本古来の領土)で生まれ、間一髪、北海道に間に合い、たどり着いたとか。
A元さんは、満州で生まれ、命からがら逃げてきたとか。
すごい80代です。
紛れもなく、戦後の日本を築いた世代です。
戦後復興の礎を築いてこられた方々であると思うと、感謝の言葉しかありません。
この方たちの努力のおかげで今の日本がある。
心からありがとうございます。そしてご苦労様でした。
もっと大きな声をあげて、感謝の気持ちを伝えなければいけないと思いました。

一緒に仕事をしていたのに、どうして35年前にこのことがわからなかったのか!
自分の勉強不足、情けなさ、不甲斐なさに、がっかりします。
T端さんから「曽我さん、うまくいっているよね。人徳だね」と言われましたが、
自分自身は17年前と全く何も変わっていません。
ただ嫌われるのがイヤなだけでここまで来た、という感じで、
私の周りに昔の仲間が集まってきてくれることだけが、ただただありがたい。

年齢とともに、アクセルよりブレーキが先にかかるようになってしまいがちですが
(これを「老いる」と言うのでしょうか?)、
今日、元気でパワフルな80代の皆さんとお会いして、考えを改めました。
まだ60代は、「はなたれ小僧」だそうですから。
引退は、もっと先にします。

曽我 透

5月21日 Alivis船橋夏見 グッドデザイン賞に応募しました

2025-05-21
―概要―
単身者向けの賃貸マンションとして1階を半地下とし、高さを抑えることで街並のスカイラインに配慮した建築です。また、建物へ導く出入口に吹抜による門型のファザードは、人々を建物にいざなうアプローチとして、古くから日本の邸宅に用いられてきた棟門のようにしつらえ、内外境界のシンボルとした。

―デザインのポイントー
・入口のリング照明に「建物と人を繋げる輪」の想いを込め、正面のステンドグラスには近隣の海老川を記した。
・エントランスの正面には平和や幸福の象徴とされている象のレリーフをしつらえ、住民への幸福の想いを込めた。
・廊下のブラケット照明と壁のアクセントカラーは、空間を分節し長くて暗いという印象を払拭した。

―デザインが生まれた理由/背景―
企業の若い単身者向け賃貸ワンルームマンションとして計画された本建築は、限られたスペースに最大限の世帯数を収容することが課題であった。しかしながら、街並みとの調和を図るべく高さを抑えることも求められたため、半地下形式で階高をミニマム(255cm)に設定することで、高さ10m以内の4階建て共同住宅が実現した。また、若い居住者にとっては機能的かつ快適な居住空間であることはもとより、美しい建築であること、さらには、そこにしかないシンボル的な存在が必要であると考えた。その装置としてしつらえたのが、住民を迎え入れる「棟門」と幸せを願うシンボル「象のレリーフ」であった。

ーデザインを実現した経緯とその成果ー
単身者向けの共同住宅の共用部は、単一的な空間になりがちであるが、前段で述べた「棟門」「象のレリーフ」をしつらえることの他、照明のリング形状とステンドグラスの円形には「輪・和」の意味を込め、途切れのない輪によって建築と人との繋がりや、住民が協調し平和を願う大切さを説いています。なお、夜間において建物内へ至る導線の途中で、照明のリングの中に円形のステンドグラスが視覚的に内包される瞬間、「輪」と「和」の想いが一体化します。また、アクセントカラーに彩られた各階の廊下は、その色彩により生活者のアイデンティティを表現しています。

―デザインの改良、競合・類似デザインとの差異についてー
現代建築の特徴である直線的な形態は今や社会に溶け込み、モダン建築として受け入れられていますが、得てして優しさを欠き、冷たい印象を与えることが多い。それを払拭するための手法として、自然素材による石調タイルの採用や、色が持つイメージの心理的効果にこだわった。今回採用した「緑」「青」「紫」「えんじ色」には、それぞれ「植物」「水・空」「優雅」「落ち着き」といったイメージがあり、無機質になりがちな建築空間に優しさと特徴をもたらした。さらに色の印象を最大限に活かすべく、照明の色温度(ケルビン)にもこだわり、色がもたらす効果を最大限に引き出した。また、建物の印象を位置づける入口には、「協調」「優しさ」「建物と人との繋がり」などの想いを込め、その装置として、円形の照明とステンドグラスをしつらえた。

―あとがきー 
隣地に戸建て分譲住宅が建てられています、当然、高い建物に対する反対は想像に難くない状況でした。
現に、すぐ脇にあるリクシルのショールームでさえ3階に高さを抑えています。
近隣の方々と、ウィンウィンになる回答を模索した結果、高さを抑えて、1階を半地下にして高さを抑える計画になりました。
結果リクシルのショールームより低い建物になったのも、近隣住民様から納得していただけた理由かもしれません。
場所が船橋市で有名な桜の名所、海老川沿いの場所であったため、1階のエントランス入り口にはゲリラ豪雨の時などに道路冠水時に水が浸入しないよう、防潮板を設置しました。
道路から見えない裏側の棟では1階への採光が少しでも多く入るように、最上階の庇をなくした結果、半地下でもかなり明るい居室になりました。
奥行が大きな建物のわりに、道路に面する面は小さい敷地なので、道路(歩道)からの見え方、アプローチのデザインにはエネルギーを注力しました。
基本的には大判タイルとモダニズム特有な水平線強調によるデザインですが、手すり天端にアルミフラットバーを採用し、よりシャープな印象になるようにし、バルコニー上裏には木目調塗装を施し、街でよく見かけるマンションのような冷たい印象にならないように配慮しました。
上記応募文章にある ―デザインのポイントー で述べたコンセプトはかなり活かされたと思います。
外観
エントランス夜景
象のレリーフ
1階共用部
2階中廊下
1,2階平面図
住戸ダイニングルーム
4階バルコニー
屋上緑化
定礎

5月21日 日の出設備本社ビル グッドデザイン賞に応募しました

2025-05-21
ーこのPJの始まり・背景ー
事業の拡大に伴う本社機能一部移転に伴い、事業主の日の出設備株式会社、大矢社長からの要望があり、このPJが始まった。
それは、非常時でも地域に貢献でき、社員が楽しく、誇りをもって働ける建物にしたいというものだった。
しかも、本社機能もあり、食堂付き社員寮もあり、ジムのスペースも完備し、最上階にはご両親である会長宅もある複雑な用途であった。
天気の良い日は富士山も見える屋上の広いルーフテラスで、社員とバーベキューを楽しみたい。
 
ー経緯とその背景ー
日の出設備社長から、存在感があり社員たちが誇りが持てて、自慢できるような本社を作ってほしい。
そして社員たちから愛されている会長ご夫婦も高齢になり心配なので、会社のそばにいてほしいという要望であった。
 
ーデザイナーの想いー
上下水道工事とは時には汚水をも扱うお仕事で、今の若い人達からは敬遠されがちな職種であるが、それを吹き消すくらい胸を張って社会・会社に貢献できる場にしたかった。
意匠的(外観的)に設備類は常に見えないところに配置されます。
天井裏だったり、パイプスペースだったり、道路から見えない裏側だったり、とにかく目立たぬように計画されるのが設備です。
常に裏方、脇役的存在です。目立たない存在ですが、重要な機能、存在、役割です。
見えないから手を抜いてもいい理由(わけ)ではありません。
見えないところだからこそしっかりと作り込まないといけません。
 そういう実直な性質をデザインにどう反映させるか?過度なお化粧を避けて、素のまま、素材本来の力をそのまま表す。しかも街角に位置する広告塔としての役割も果たす存在感のある建物、
それがテーマ、コンセプトです。
「おもしろくないものでおもしろいものを作る」利休や数寄屋建築に通じる感性ですが、遠くから見ると一見、工場か倉庫にしか見えない建物が、距離を変えて近づいていくと、見えなかったものが見えてくる。
「ディテールに神が宿る」ミース・ファンデル・ローエの言葉にあるように、作り手の魂が伝わってくるような建築にしたかった。

 ー企画・開発の意義ー
震災など非常時には、地域の避難民の支援となる拠点にならなければならない。
上下水道工事業者はまず先に地域住民のためにインフラの整備に尽力を果たさねばならない。
自家発電機をもち、井戸水をもち、避難時には駐車場を含め上階にも一時的に多くの避難民を収容できる施設にする。
 
ー創意工夫ー
建築の外観デザインはコスト面的にも極力シンプルな形状でまとめたい。
複雑な用途であるがゆえの必要な機能があり、例えば従業員や会社関係者の出入り口とお客様と会長宅の4種類の建物への入り方がある。
それぞれに対応するセキュリティを考えねばならない。
正面玄関と裏口に分け、かつエレベーターを階制御し、高齢になる会長宅の防犯を最重要課題とした。
将来的なメンテナンス費用を考慮した堅牢で実直・清貧な建物を要望されているので、金物は錆びないように溶融亜鉛メッキ(リン酸処理)の角パイプと、コンクリート打ち放し(着色仕上げ)を採用し、素のままのスチール製カーテンウオール状の角パイプルーバーで建物全体を囲い、各階の広いバルコニーは社員たちの憩いの場になれるようにした。
外観
外観見上げ / 外観北側
エントランス正面
エントランスホール
オフィス内部
バルコニー内部/食堂内部
会長宅内部
屋上ルーフテラス
自家発電機/地下水井戸ポンプ
1階駐車場

5月13日 ー美味しい和食屋さんで見かけた光景ー

2025-05-12
ー美味しい和食屋さんで見かけた光景ー

5月12日の 「三つ子の魂、百まで」は本当に実現されるのか、という前回のブログを読んでいて思い出しました。
5月8日の「波濤」のブログの追伸になります。

カウンターの向こう側、お弟子さんが大将の技を見ながら学ぶ姿が、まさに昭和の師匠と弟子の関係を彷彿させます。
そのお弟子さんは、坊主頭で髪がありません。まるで修行僧のようです。
修行中の身である彼は、仕事を覚えることに全集中しているのでしょう。

大将が「体が止まっているぞ、仕事は自分で探せ!」と檄を飛ばします。
これも、料理を提供する以外のパフォーマンスとしての演出サービスなのでしょう。
普段、食事をしながら緊張感を味わうことはあまりありませんが、この店では違います。
命をいただく行為にこちらも気を引き締め、全集中です。

お弟子さんもまた、その緊張感の中で自分の仕事を探します。
たとえば、私が水割りを飲んでいると、コップをテーブルに置くたびに、サッと取り上げ、コップの水滴を拭いて元に戻してくれます。
私の真後ろに常に立っていて、トイレに行こうとすると察して椅子を引き、案内までしてくれる。
戻ると、カウンターはきれいに整えられ、新しいおしぼりが手渡されます。
私の次の行動を先読みし、完璧なサービスを提供してくれるのです。

しかし、彼が包丁を持たされる日は一体いつになるのでしょうか。
(この店に入って3か月になると言っていましたが)
怖くて尋ねることはできませんでした。

「頑張ってよ」と声をかけると、彼は笑顔で「忍耐力には自信がありますので」と答えてくれました。
その言葉の裏には強い覚悟が感じられます。坊主頭はその証でしょう。

修行とは長い道のりです。どの道も同じです。
簡単に習得できるものであれば、誰も坊主頭にはなりません。

この若い人が幸せそうに見えました。
なぜなら、自分の進むべき道を見つけているからです。

曽我 透
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