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5月5日 バルセロナ建築視察

2024-05-05
15年ぶりのバルセロナ建築視察です。
またウクライナ戦争のせいなのか今は直行便がないため、東回りのグリーンランド、アイスランド上空を通り、アムステルダム経由で、成田から約20時間かけてバルセロナに到着しました。
サグラダファミリアからはじまりカサミラ・カサバトリョ・グエル公園。
ほぼ15年前と同じ視察ですが、受け取る感じ方は昔とはかなり違います。

若い元気な時に見るのと、年を取って少し遠くから俯瞰して眺める違いのような気がします。
それにしても何度見ても感動します。
今回は日本語の解説付きでしたので、よりよく詳細が理解できました。
15年前は入場検査もなく、かなり自由に見学できたのですが、さすがに今は、事前にチケットを予約し、厳しい手荷物検査をしてからの入場になります。
15年前と違って1階の聖堂内部はすべて完成して、そのステンドガラスの美しさにはただただひたすら感動です。
15年前は1階の半分くらいは工事中で、養生シートがかぶさっていて、こんな広い空間を感じることはできませんでした。
3日間かけて、ひととおり15年前と同じルートで視察し、相変わらず、ガウディの建築はバルセロナという都市に異彩をはなってて、ガウディに頼り切ってる観光都市のようなイメージでした。

自分は、ある建築家がその建物を設計をしたのが、年齢がいくつの時か? とても気になります。
デザインや考え方が年齢とともに変わって行くのは当然ですが、おおよそ、多くの建築家は若い時のデザインの方が危険すぎるほどの鋭さ、ディテールの甘さがあって、面白いものです。
安藤忠雄が20代で住吉の長屋を設計したように。
30年前に行ったコルビジェツアーの時も、ル.コルビジェは42歳でサボア邸を作った。
だから私も42歳で自邸を設計しよう。
42歳の時のコルビジェとの対決です。  
時代は変わっても、技術力が変わっても設計者の肉体的エネルギー、思想感、人生の変換点、建築との向き合い方等、(日本においても厄年と言われますが、何か意味のある年齢なのだと思います) 時を得ても変わらないものがある気がします。

さて、ガウディは62歳で、長い間パトロンだったグエル氏が逝去され、それから亡くなるまでの10年間、サグラダファミリア内に閉じこもり、この一つの建築に専念しました。
カサミラ・カサバトリョなど、傑作はいくつか完成させましたが、どちらもクレームを受けています。
どちらも華やかで、荘厳で、愉快で、楽しいし、面白いし、実験的な構造計画でもあり、とにかく、ここまでもか?というくらい、すべて詰めましたという感じがします。
しかし悲しいかな、建築家が作りたいものと、施主がイメージしているものは必ずしも同じではありません。
それは現代においても全く同じです。
いやになる気持ちはよくわかります。
62歳にして、自分の生きる道がみえたのでしょう。
やるべき仕事がはっきり見えたのでしょう。
自分に残された時間をどう生かすか?神に仕えると覚悟を決めたのでしょうか?
それが建築のデザインに「これが最後の覚悟だという美意識」として、我々に伝わってきます。

サグラダファミリア
サグラダファミリア
サグラダファミリア
カサミラ
カサミラ
カサバトリョ
カサバトリョ
カサバトリョ
グエル公園
グエル公園

4月5日 台東区橋場1丁目 プロジェクト竣工

2024-04-05
台東区橋場1丁目 プロジェクトが先日竣工致しました。
Instagramに動画をアップしましたので、是非御覧ください。

2月5日 J Blanc AOTO プロジェクト竣工

2024-02-05
J Blanc AOTO プロジェクトが先日竣工致しました。
Instagramに動画をアップしましたので、是非御覧ください。

2月1日 江東区深川2丁目 プロジェクト竣工

2024-02-01
江東区深川2丁目 プロジェクトが先日竣工致しました。
Instagramに動画をアップしましたので、是非御覧ください。

-社員募集中で多くの応募者を見て、「建築・ものづくり の危機感」を感じています-

2024-01-25
-社員募集中で多くの応募者を見て、「建築・ものづくり の危機感」を感じています-

自分が若い頃は、キャリア的にも設計事務所のポジション的にも低くて、まだ若造なので、毎日単純な作業ばかりでした。
たとえば仕上表の線引とか展開図とか天井伏図とか。
一番多く作図させられたのは立面図のタイルの線引でした。
一日中1ミリの水平線を描いたものです。

結婚を機に(30代になり)転職したスターツでは、設計のほとんど全てを任せてもらえるという、今までとは信じられない世界がありました。
バブルのお陰です。
皆さん忙しすぎて、他人の仕事の事など構っていられない状況でした。
それまでの単純な図面作成のみで我慢してきたデザインの世界から、実際に私が作成した図面を基に工事がなされていく。
本当の、現実の建築デザインの世界の醍醐味を経験することが出来ました。

初めて現場監督と打ち合わせをし、下職の大工さん・建具屋さん達と打ち合わせをしていると、そのものづくりのリアルな感覚が自分の進むべき建築家人生を覚醒させてくれました。
下職の気持ちが解らないと「いい建築は出来ない」と大昔に先輩からなんとなく教わっていた記憶が、まさしく本当の事だと確信できました。
私のアプローチ(解決方法)は、ひたすら彼らと酒を酌み交わす事でした。
低レベルの脳では、それくらいしか方法が思い浮かびませんでした。
ほぼ毎日がそういう打ち合わせの日々でした。土曜日曜関係なく。
現場事務所で酒を呑みながら、よく建築の収まりについて語った記憶があります。

数十年後、その中の一人(大工さん)から聞きました。
あの時の私は楽しそうで輝いていて、若さっていいなぁ、と感じさせてくれたそうです。
大切な事は、自分一人で建築を作る事は不可能で、優秀な現場監督始め、その下にいかに優秀な人達(下職)らがいてくれるのか?で「ものづくりの善し悪し」が決まる、ということです。
作品の完成度はそのほとんど全てが人の能力に寄りかかって決定します。
その関係者全員での協奏曲が建築だということです。自分は指揮者です。
ものづくりの基本は、いかに楽しみながら多くの人との関係性を築けるかではないでしょうか?

「建築とは関係づけること」
一年前に亡くなった磯崎新の言葉。昔、ブログでも書き込みました。

2024年度労働基準法改正で、36協定とか、深夜残業とか、有給とか、意識がそこにいってしまう体質では「いい建築・ものづくり」は難しい。
建築は単なる物では無く、社会総合芸術と言われる側面もあります。
手間暇のかかる、世界に一つだけの一品生産。それが建築の本来あるべき姿。

改正労働基準法のせいで、おかしくなってきている大手の施工会社が増えています。
信じられない施工不良、データ改ざんが連続しています。
まず、竣工が遅れるのが当たり前になってしまっています。
理由はいつも「人がいない」です。
しかし、ちゃんと間に合わせる施工会社もあります。
小回りのきく小規模な会社の方がしっかりした仕事が出来ます。
大手企業のように、現場監督が18:00に帰ってしまっては、下職が本気モードで工事ができるわけがありません。
現場監督の能力も非常に問題です。
優秀な監督はヘッドハンティングされて引き抜かれていきます。
そして能力の低い監督だけが残るという悲しい現実。

設計というものづくりの風上にいると、風下の状態がよく見えます。
日本のものづくりがダメになっていく姿がまじまじと見えます。
大げさに表現すれば、国力の低下です。

ではどうしたら良いのか? 
今こそ、小企業はそこに勝機があると思います。
簡単です。

「好きこそものの上手なり、その道に入らんと思う志こそ我が身ながらの師匠なりけり。」

すでに450年も前に千利休が言ってました。 
画家や彫刻家に労働の意識はきっと無いはずです。
好きもの集団の小規模チーム(会社)にこそチャンスだと思います。
今リクルートで社員募集中ですが、いかに生き方に彷徨っている若い人、見つけられていない若い人の多いことか! 
試験勉強をいくらしても生き方の答え、人生の背骨は作れません。
本音と建前。勝ち組と負け組。
ますます分断が明確になってきている現実社会で、自分の居場所を獲得することは難しいかもしれませんが、解決するのは自分の意識改革です。

映画パーフェクト・デイズの役所さんの生き方も悪くはありませんが、若い人はもっと意欲的に、より深く、夢大き生き方をお勧めします。

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