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7月24日 土の中の水道管

2025-07-24
土の中の水道管

昨夏、書家で詩人の相田みつをの生誕100年の展覧会が、生誕の地である足利市で開催された。以前から興味は持っていたものの今まで相田みつをの作品をじっくり目にする機会がなかったので、足利市立美術館まで足を運ぶことにした。
代表作「にんげんだもの」をはじめ、世間に広く名が知られる前の生活が苦しい時代に作られ、市民などが所有していてふだんは見られない染物や、1960年代に作られた力強い文字で書かれた作品の展示もあり、相田みつをの人となりがよく分かる貴重な展覧会であった。
誰もが見たことのある独特の書体の前にたくさんの人だかりができている中で、心を揺さぶられる作品に出会った。

『土の中の水道管、高いビルの下の下水、大事なものは表に出ない』

私は建築の設備設計をしているが、建物を人間の体に例えて説明するときに、設備の配管や機器は血管や臓器になぞらえることがよくある。
臓器や血流がうまく機能しなければ、人間は健康に生きていく事ができない。でもその存在自体ふだんは目立つことはない。
設備の配管も天井や土中にある決して目立つことのない存在。だけど人々の生活には欠かせない存在。
水、ガス、水道、電気などのインフラが整ってはじめて人が建物で快適に生活することができる。
地震などの災害でインフラの機能が失われて改めてその重要性を認識する。
そしてその生活インフラの維持や管理にもたくさんの人が汗を流している。

何気ないことばのようだけれども、相田みつをはそういう存在にも光を与えてくれているような気がして、インフラの設計に携わるものとしてとても勇気づけられた。
この展覧会で出会ったことばの力と人々に訴えかける表現にすっかり魅了され、虜になってしまった。
これからも相田みつをの作品に触れるたびに自らを見つめ直す機会とたくさんのパワーをもらうことになるだろう。
まずは、健康で仕事ができることに感謝。
M.I.


相田みつを美術館の法人会員になって10年くらいたつだろうか?
今は、東京フォーラムからなくなってしまい、その美術館は無い。
毎年、カレンダーだけは頂くが、その言葉の力は、強い。
人間の原点を感じることができ、謙虚に前向きになれます。
M.I.君も悩み多く、生きずらいこの世界で足利市まで足を運び、相田みつを展覧会に行ったことが私にとって、素直にうれしい。
曽我 透







6月27日 只今DX化推進中

2025-06-27
生命力を感じる事務所内観葉植物
皆様、お疲れ様です。
夏に向けて日々暑さが本格化しています。
どうぞご自愛して、お過ごしくださいませ。

最近、社内では様々な仕事の分野においてDX化(デジタルトランスフォーメーション)を推進しております。

そもそもDX化というのは単なるデジタル化のことではないようです。
お恥ずかしながら私も最近知りました。

「DX化って最近よく聞くけど、要するにデジタル化のことじゃないの?」と思われるかもしれません。
確かにデジタル化はDX化の第一歩ですが、それだけではありません。

例えば、設計図面を紙で印刷してチェックしていた業務をPDFやCADデータで共有する。これは単なるペーパーレス化=デジタル化です。
しかし、DX化はもっとその先。社内外のやり取りや設計フローそのものを見直し、効率化・省力化・価値の最大化を目指す取り組みなのです。

設計事務所には、いまだにアナログな文化が根強く残っています。
特に昭和世代のベテラン社員にとっては、紙図面や電話連絡が当たり前という世界。
これまでの経験があるからこそ、なかなか新しい仕組みに踏み込むのが難しいのです。
ですが、そんな昭和世代の方々からも、「これ、便利だね!」という声が少しずつ聞かれるようになってきました。

当社では、最近AIを使った議事録まとめや、図面のエラーチェック支援ツールの導入を進めています。
これにより、ミスの削減や作業時間の短縮を推し進め、相互間の正確な情報共有を目指しています。

DX化とは、人の仕事を「助ける」ためのもの。
ベテランの知見と若者の現代的なセンス、そしてデジタルの力を融合させて、新しい価値を創るのが目的です。

設計事務所のDX化は、決して未来の話ではありません。すでに始まっており、昭和世代の方々にも、無理なく取り入れられる工夫が進んでいます。
「デジタルは苦手」と感じている方こそ、“便利さ”を実感できるチャンスにしていくのがねらいです。

これからも、設計業務の質と働きやすさの両立を目指し、アナログとデジタルの“いいとこ取り”を続けていきます。

M.



6月20日 続 「三つ子の魂、百まで」は本当に実現されるのか

2025-06-20
設備設計リーダー(S.A.)から、3つ目のブログ投稿です。
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「三つ子の魂、百まで」の続きになりますが、
先日、自宅のテレビ画面が急に真っ暗になり、音声は流れているものの映像がまったく映らなくなってしまいました。
一応、電気工事の経験があり機器にも多少詳しいつもりで、いろいろと試行錯誤してみましたが、ついに復活せず、かなり大きなテレビを新しく購入することになりました。

テレビの梱包には、大きな段ボールや本体画面保護用の発泡スチロールなど、大量のゴミが出ました。処分に悩んでいたところ、子どもたちが「欲しい」とせがむので、発泡スチロールを渡しました。
その時は、散らかされるのではと心配でしたし、設置や設定の最中で邪魔されて困っていたので、「リビングから出て、外で好きにしてくれ」と追い出しました。

設置が終わり、ほっと一息ついて子どもの様子を見に行くと、梱包の発泡スチロールを使って、お祭りの露店のように玩具や絵本を並べており、「ここは秘密の部屋だから、大人は入ってこないで」と言われてしまいました。

いつもそうですが、幼い子どもたちは大人が「ゴミ」と思うものでも、瞬時にアイデアを閃き、楽しむことができます。そういった物をとても大切にする姿を、何度も目にしてきました。
大人の固定観念にとらわれた自分とはまったく異なる見方と発想があり、大人には思いつかない感覚や想像力が、いつまでも続けばいいなと、つい期待してしまいます。

先日投稿したブログでも「三つ子の魂、百まで」について触れましたが、幼いころの記憶や感覚をいつまでも維持できる人こそ、社会で活躍し、貢献できる人物が多いのではないかと感じています。
その一方で、「三つ子の魂」をいつまでも忘れずに持ち続けることの難しさも、日々実感しています。

実は、私の祖父は東京電力、父は電気工事会社の創業者で会長、兄はその会社を継いだ社長です。
自分の中にも、“電気”という「三つ子の魂」らしきものが、存在していたのかもしれません。

S.A.

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あとがき

彼には双子のお子様がいて、その面倒を見るために、毎日18時前には帰宅します。
社内規約では定時は18時ですが、その分朝早く出社し仕事をしてくれています。しかも自転車通勤です。
昼食も自転車で一度自宅に戻って取っています。
実家の電気施工会社では、とても実現できない労働スタイルでしょう。

私としては、その双子のお子様に感謝しています。
双子のお子様が誕生してくれたおかげで、今、優秀なS.A.さんが当社にいてくれているのです。

曽我 透

6月7日 五泉中学校 第29回 卒業生 同期会

2025-06-07
五泉中学校 第29回 卒業生 同期会

2020年5月に開催予定だった還暦の会でしたが、コロナで延期。そして今日、定年の会となる同窓会を迎えました。
誰かが言っていました。「同窓会に参加できる人は、みんな幸せなんだ」と。確かに今、不幸な人は出席できませんから、言い得て妙です。

小学校、中学校、高校、大学、社会人と、人生が進めば進むほど、周囲は同じようなタイプの集団になっていきます。
そしてその中で競争し合い、優劣がついていく。
人生というのは、選択の連続の積み重ねです。
中学生の同窓会が一番楽しい理由のひとつは、まだ一度も人生の選択がなされていないからです。

小学校・中学校と合わせて9年間という長い間、同じ空間を共有しています。信じられないくらい素晴らしく、貴重な時間・空間です。
そして、将来のことをまだ真剣に考えていない集団だからこそ、久しぶりに会うと会話が尽きません。同級生に上下関係はありません。

ほとんどの人が定年していましたが、私のように定年のない人も、けっこうたくさんいました。
同級生に会うと、自分の精神・肉体年齢がわかります。私はまだまだ若い方だと感じました(笑)。

久しぶりにお会いすると、脳のCPUがフル稼働します。10年ぶりの人、20年ぶりの人、それ以上お会いしていなかった人も。
顔と名前が一致しません。まさに脳トレ状態でした。
「名前は知っているんだけど、こんな顔だったっけ?」
「仲が良かったのは覚えているけれど、何して遊んだんだっけ?」
声をかけられても、知らない人がいたりして、「相当仲が良かったんだな」と思うのに、記憶が蘇らない。
なぜこの人の顔や名前に見覚え・聞き覚えがあり、「知っている」のかが不思議です。

私は自動車で6時間かけて向かいましたが、関越道を走っていると、新潟県はやっぱり素晴らしい景色だと再認識します。
しかし五泉に着くと、毎回感じる罪悪感があります。
本来ならここで育ち、暮らし、五泉に貢献するはずだった自分。
地元で頑張っている人を見ると、感謝しかありません。心の中で「ありがとう」とつぶやくしかない。
駅前通りは、夜になると真っ暗で、さびれた感が否めない。消滅しそうな街。なんとかしなくちゃ!

10年前の同窓会に出席していた友人の中で、亡くなった方もいました。ショックでした。
生き方は自分の意志で選べますが、どうやら死に方は選べないようです。
元気で長生きすることを約束して、解散です。
同窓会、豊かな時間をありがとう。
最後に幹事の堀内岩夫君 ありがとう。
曽我 透

5月22日 人生の大先輩の方々との食事会

2025-05-26
S戸さん(元スターツコーポレーション社長)を囲む会

出席者の中には、17年ぶりにお会いする大先輩もおられます。
先月4月3日に、2年ぶりにS戸さんとお会いさせていただきました。

そして、その2年前に私が勝手にお願いしていた貴重なもの、欲しいものがありました。
本日、2年待って、ようやく頂戴することができました。
それは自分にとって、とても素晴らしいもので、生涯の宝物、家宝にしようと、正直思っています。
本日の再会の会では、それをハンカチにプリントして、出席者全員にサプライズプレゼントさせていただきました。
きっと皆さん喜んでくださったことと思います。

このブログを見て、私以外のS戸派と言われる面々が、
「俺にも」「私にも書いてください」などと言わないことを祈るばかりです。

この色紙制作は、結構時間のかかる作業だと思います。
逆の立場になって、自分が76歳になり、64歳の後輩にこの色紙に勝るものを書いてあげられるか?と想像すると、不可能です。

本日参加されている皆さん方は、お互いにもう二度と会えないと思っていたメンバーたちだったとのことですが、意外に簡単に集まることができました。
(私のような、おせっかいというか仕切り役がいればの話ですが)
こうしてお会いすると、私としては17年間が一瞬のうちに凝縮されます。

会話は40年くらい前の昔話から始まりました。
40年前というと、世界は自分中心で回っていると思い込んでいた、勘違いも甚だしい愚かな頃の自分です。
お話を聞いて、改めて自分の未熟さを知ることができます。

日本の平均寿命は、男性で81歳だそうですが、
皆さん、とても81歳で亡くなるようには見えません。
三川さん、山村さん、鞠子さん、奥山君。
良い人ほどどんどん先に逝ってしまう。
順番通りにいかないという悲しい人生の現実があります。

N坂さんは、今はロシアに実効支配されてしまっている樺太(日本古来の領土)で生まれ、間一髪、北海道に間に合い、たどり着いたとか。
A元さんは、満州で生まれ、命からがら逃げてきたとか。
すごい80代です。
紛れもなく、戦後の日本を築いた世代です。
戦後復興の礎を築いてこられた方々であると思うと、感謝の言葉しかありません。
この方たちの努力のおかげで今の日本がある。
心からありがとうございます。そしてご苦労様でした。
もっと大きな声をあげて、感謝の気持ちを伝えなければいけないと思いました。

一緒に仕事をしていたのに、どうして35年前にこのことがわからなかったのか!
自分の勉強不足、情けなさ、不甲斐なさに、がっかりします。
T端さんから「曽我さん、うまくいっているよね。人徳だね」と言われましたが、
自分自身は17年前と全く何も変わっていません。
ただ嫌われるのがイヤなだけでここまで来た、という感じで、
私の周りに昔の仲間が集まってきてくれることだけが、ただただありがたい。

年齢とともに、アクセルよりブレーキが先にかかるようになってしまいがちですが
(これを「老いる」と言うのでしょうか?)、
今日、元気でパワフルな80代の皆さんとお会いして、考えを改めました。
まだ60代は、「はなたれ小僧」だそうですから。
引退は、もっと先にします。

曽我 透
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